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​ビックサイトで捕まえて01

一、

 

 さよなら焦凍。そうメッセージを送ってから、俺は焦凍と話をしていない。例え校舎で見かけても、見なかったふりをするし、話しかけられても曖昧に笑って彼を避けている。

 俺を頼らない焦凍なんて、焦凍じゃない。俺が必要なのは、か細い声で俺の名を呼んで後をついて来るような可哀そうで可愛い焦凍。

もう一人で道を歩み始めた焦凍には、俺は必要ない。保護者でなくなってしまった俺は彼の隣にいる資格がない。

胸がつきり、と痛んで目頭が熱くなる。途端に片目からつう、と涙が落ちてきて、初めて己の中の焦凍の存在の大きさを痛感した。

 ――失って初めて気がつくなんて。

 一体どこのコミックの世界だ。自嘲気味に渇いた笑みがこぼれる。

 心にあったどす黒い泉は焦凍の独り立ちにより空っぽの渇いた大きな穴になってしまった。

 心に大きく空いた穴を埋めるには、好きなことをするしかない。

 そう思い、デスクトップへ向かう。俺の好きなこと。唯一得意なこと。認めたくないけど、皮肉にも俺の「個性」、吟遊詩人。

 この個性:吟遊詩人は卓越した文章が書ける能力で、ありとあらゆる楽器が弾ける能力である。ただし、前段階として学習期間が必要で、いきなり名文が書けたりピアノが弾けるわけではない。多くの知識を蓄えたり、運指の確認や観察・練習が必要だ。三日くらいすると普通に書けたり弾けたりする。いわゆる「天才」とは少し違う個性なのだ。知識の蓄積があって、その上で初めて成り立つ個性。

 正直、俺はこれを個性だとは思っていない。ただの趣味と努力の賜物だと思っている。それを周りの大人が過程を見ずに結果だけ見て、やれ個性だ個性だ、と囃し立てているのだ。それが酷く辛い時期もあった。今でも嫌だが多少耐性がついた。

 この「なにかを書くこと」が今できる唯一の心の穴を癒す方法だ。

 今書いているのは焦凍のクラスメイトをモデルにした創作BL。たまたま四月に校門で叫び合っている二人と後から来たオールマイトを見て、この二人デキてる、と確信したからだ。

 まだ仲の良かった焦凍に二人の素性を探ったら、案の定ヒーロー科、しかも焦凍と同じA組で。名前と関係性まで情報を得ることができた。

幼馴染で、高校まで一緒なんて、そんなのもうデキてるじゃん。最早もう結婚までしてるんじゃないの? なにそれ最高。

 そのとき、俺の心の中の腐が一気に湧き出して火を囲んで踊っていた。

 恋愛に性別なんて関係ない。そこに誰をほしいと思う気持ちがあれば、そばにいたいと愛しい気持ちがあれば、それは恋であり愛だ。

 そのときから俺は勝デクにドはまりし、plus ultraの力で彼らの同人を書いている。

 元々読書好きが高じて中学からオリジナル創作でサークル参加していたし、今回もそんな感じでコミティアに勝デクの新刊を出そう。そう思いながら毎日校舎でそっと勝デクを見守るのが俺の日課だ。

 

 

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