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​北さんと二年生と祭り

「みんな大っきいから、反物から仕立てた方がええかな……。学割もきくし……」


 目の前には身長180越えの男子が3人。当人はその気はないのだろうが、囲まれると壁になって怖い。思わずヒィと声が漏れる。奥にいる信介さんにチラと視線をやると神妙な面持ちで頷かれた。違う!!  そうじゃないんやって!!


「お嬢さん、学割っていくらきくんですか?」


双子の金髪の方から声をかけられる。微妙に砕けた敬語が怖い。


「えっと、5割やよ。半額」


宮くんやとこれくらい。電卓を叩き額を表示する。


「これって安いん?」


「来年再来年着ることを考えたらかなり安いと思うよ。だって半額やもん」


「いいじゃん侑浴衣着たいんでしょ?  これなら買いじゃん」


侑くんの奥から角名くんの手が伸びてきて電卓を拐う。


店先であーでもないこーでもないとやんややんや騒ぐ長身四人組。


なんで、バレー部が家の呉服屋にいるんだろう。

 
  8月。インターハイも終わって春高に向けて意識が移行しつつある季節。ここ稲荷崎高校の近くでは夏祭りが開かれる。


「今年こそ夏祭り行きましょうよ。せっかく部活オフなんですし」


「イカ焼き食いたいわ」


「食い気ありすぎでしょ」


「でもええな。去年行かれなかった分今年はみんなで浴衣着て行こうや」


 部活終わり、部室で着替えながら二年連中でわいわい騒ぐ。


「お前ら騒いどらんで早よ着替えや」


「北さん」

 
無機質な金の瞳が2年4人を捉える。


「北さんも夏祭り行きましょう  皆で浴衣着て」


侑が北さんに進言する。


「夏祭りか………。ええな。ええけどお前ら浴衣持っとるんか?」


うっ、と唸り声を上げる双子。


「確かに俺ら浴衣持ってへんもんなあ」


同意の声を上げる銀。


「まあ、今度買いに行けば良いんじゃない?」


俺たちの背に合う浴衣が売ってるかは微妙だけど。デパートとかに売ってる浴衣って平均身長に合わせてるから、俺たちが着たらつんつるてんになりそう。


これは浴衣で夏祭りは頓挫しそうだな、と発言をしておきながら角名は思った。


「ええよ。今度の休み買いに行こか」


しばらく考えるそぶりを見せた北さんは俺らの案に同意した。

 


時代劇に出てきそうな焦げ茶色の木造の建物。硝子ケースにはきらびやかな着物が飾られている。


ザ・呉服屋。北さんがあてがある、と言うものだから着いてきた場所だ。


「北さん俺らこんな立派なとこで買う金ありません」


ギチギチと油を差していないブリキのおもちゃのようにぎこちなく北さんに話しかける侑。


「大丈夫やって。ここレンタルもやっとるし学割で半額やで?  老舗やし信頼できるわ」


そう言って北さんは呉服屋の扉に手をかけた。


「すみません。浴衣レンタルの予約をしてます北ですけど、唄子さんいらっしゃいますか」


「ああ。はい  いらっしゃいませ  ……お嬢さん。お嬢さん。お友達いらっしゃいましたよー!!」


人の良さそうな中年の仲居さん?は少々お待ちくださいね、と言って「お嬢さん」を呼びに行った。



 


夏。夏着物の季節だ、と喜んだのもつかの間、あっという間に浴衣でないと耐えられない暑さになった。浴衣でも帯を巻いたところが暑さで汗疹ができる、着物ユーザーには優しくない季節だ。


浴衣を脱いで汗を拭く。6月の芸術鑑賞会、道成寺が成功してからというもの稽古がより一層厳しくなった。次の演目は隅田川。息子を失った母の悲壮な気持ちの表現が鍵だ。


(狂女か………)


道成寺とはまた違った、母としての愛の狂気だ。また難しいものを……、と思いながら、部屋着の浴衣に腕を通した。


「お嬢さんお客様がお店にお見えですよ」


「え?」


従業員から突然の来客が知らされる。呉服屋に来るような奇特な友達は習い事の日舞の友達しかいないはずだが。


「キタ様ゆうてましたよ。ささ、早うちゃんとした格好に着替えてくださいな」


そう言って従業員は頭を下げ、せかせかと出ていった。


「信介さん、なんの用でいらっしゃるんやろ……」


ポツリと呟きながら、箪笥から夏着物を取り出した。
 



「どうも遅くなりまして申し訳ございません。糸山唄子と申します」


奥から駆けるようにして出てきた人は、小柄で、袖の長い氷のような色をした透けた着物を着ていた。帯はピンクでお太鼓結び。なんというか、三歩ひいて歩いてそうだな、というのが第一印象だ。


「唄子。こいつらに合うレンタル浴衣身繕うてくれへんか」


「えっ。うちがですか……。そんな大事なお役目なら従業員に任せたほうが……」


  困ったように従業員を見る唄子さんに従業員は「ごゆっくり」と告げて去ってしまった。


「見繕うのは二年生の四人でええん?  信介さんと御厨さんもする?」


「ああ。頼む」


「私らは後で良いよ。先に二年見てやってよ」


「それでは改めまして、呉服屋七宝屋の跡取り糸山唄子と申します。本日はよろしくお願いいたします」


そして、冒頭に至る。


背が高い俺らに合う既成品がないということで、反物から仕立てることになるようだ。


「最近の変わり種やと、デニム生地やったり市松模様だったり、そんなんがありますよ」


そう言って奥から反物を出してくるお嬢さん。


「デニムかぁ〜。ええなあ。俺これが良え!!」


生地を触り満足気に頷く侑。


「それじゃあ宮くん採寸するから大人しくしとって」


そう言って反物を侑に巻き付けるお嬢さんは、物珍しそうに店内をキョロキョロ見る俺たちに、皆は生地選んどって、と言って侑と向き合う。


「北さんあのお嬢さんって……」


侑の世話を焼きながら、宮くんイケメンさんやね、とニコニコ笑う小柄な少女を見やる。


「唄子は俺の彼女や」


しれっと言ってのけた北さんと反面、瞬間皆が固まった。


「彼女ってあの彼女……!?」


「嘘やん……」


「大耳さんと御厨先輩が付き合ってたとき以来の衝撃や」


「うっそ」


だって北さんだよ?  あの機械みたいな。失礼だけど、あんな規則正しくて正論パンチかます男に彼女できるの?


四対の疑いの目が我らが主将とその彼女の間を行き来する。


「もう信介さん止めてください。こんなところで」


「ゆうて周知してほしい言うたのは唄子の方やろ」


「〜〜〜〜〜!!!!  もう、だから!!!!  時と場合があるでしょ!!!!」


顔を赤くしたお嬢さんは軽く握りこぶしを作って北さんの背中を叩く。


ぽかぽかと軽快な音を受けながらからからと笑う北さんと、それを微笑ましく見守る大耳さんと御厨先輩カップル。なんだこれ。砂糖吐きそう。


「早よ仕事戻り」


北さんは優しくお嬢さんをあしらって侑の元に戻らせた。戻ったお嬢さんは電卓片手に仕事人の顔をして侑と値段交渉をしていた。


反物選びから採寸、値段交渉と一連のやりとりを治、銀、俺とこなしたお嬢さんは、「みんなイケメンさんになるよ。楽しみやねえ」と終始ニコニコしていた。


「できあがるのはもう少し先やから、できたらまたお電話します」


その一言を受け、俺たちは店を出た。


「なあ治。北さんの彼女さん、なんやめっちゃ大和撫子って感じやったな」


「せやな。そのわりにだいぶはしゃいどった気ぃするけど、こうちっちゃくてちょこちょこした感じやったな」


「ああわかる。小動物って感じだったよね」


帰り道、3年生の背中を見ながら帰路につく。


お嬢さん、北さんの彼女さんは背が小さくて、長い髪を簪で綺麗にまとめていて、三歩後ろを歩いていそうな女子だった。家も大きくて古い家みたいだし、大事に育てられた箱入り娘ってやつなんだろう。


北さんはお嬢さんのどこが好きなんですか?


訊いてみようと思ったが、目の前で大耳カップルとお嬢さんの話をする北さんの目があまりにも優しくて、愚問だと思って口を閉じた。





あれから数日。


「ちょお、侑くんおとなしくしとって!!」


「お嬢さんこれってあ~れ~できます?」


「?  できるよ。むしろ今は男帯の方が長いからやりやすいよ」


「まさか北さんと……!!」


「違うって」


お嬢さんのお店から浴衣が仕上がったと連絡が来て、着付けをしてもらっているところだ。


初めて着る浴衣にはしゃぐ侑と、早く仕事を終わらせたいお嬢さんの攻防がおもしろい。


「はい。次治くん」


侑との攻防に勝ったのか、襖を開けて顔を見せるお嬢さんの顔はいささかげんなりしていた。


  治、俺、銀と着付けたお嬢さんはお茶を一口と息をついたあと、次は御厨さんやね、とにこりと笑い先輩をつれていった。




「やばい。どうしよ。これめっちゃ上手くできたわ。御厨さんこれ写真店のブログに上げて良い?」


「帯の部分だけなら」


「ダメ!!  全体のバランスがあるから全身で!!」


襖の向こう側から聞こえる攻防。どうやら唄子の着付けは渾身のできだったようで、写真を撮りたがる唄子と逃げる御厨でなんやかんややっているらしい。


出された麦茶を口に含む。瞬間体に広がる水分が全身を潤す。この天候では夜も暑いだろう。みんなでどこかで水分を買っていかなければ。


「唄子。あんまり御厨ばっかに時間かけとると自分が着替える時間なくなんで」


「うちはええんです。適当に着替えるんで」


「お嬢さん適当は良くないでしょう。信介くんはかわいいお嬢さんが見たいってよ?」


「どんな服着てもうちはかわいくならんから良いんです」


いや。良くはないだろう。唄子の私服としての和服は何度も見ているが、どれも清涼感があって美しいものだった。実をいうと今日だってなにを着てくるのか俺は楽しみにしている。


「せや。俺かてお前見んの楽しみにしてんねん。早よ着替えたって」


姿の見えぬ襖の向こうに呼び掛ける。


「………信介さんなんて知らない」


  そう小さく聞こえた気がした。




ーー早よ着替えたって。


その言葉の裏に「かわいい格好をして」の意が含まれている気がして、御厨さんがいるにも関わらず顔を赤くしてしまった。


いけない。人がいるのにこんなはしたない態度をとってしまうなんて。頬に両手を当て赤みを取ろうと努力をしたが、顔は熱くなってゆくばかりだ。どうしよう。信介さんがあんなこと言うから。


高鳴る鼓動を無視しながら浴衣の袖に手を通した。


 


「あっ、あの子襟にレースついとる。かわええなあ。あの子は青海波で粋なんに合わせが逆や………。残念」


ごったがえす人々と屋台の喧騒。そこに出立つ身長およそ一八○センチの浴衣の男女。目立つ。みな一度はこちらを見てゆく。古典な柄から新作まで出で立ちは様々だが、見な初めて着たとは思えぬくらいに板についている。私が何度イケメンさんやね、と誉めたことか。

 

これだけ長身揃いなら迷子にならないだろうと小柄な私は思う。


目の前を過ぎゆく美しい和装の者たち。彼らを見て、私も勉強しなければ。自然と足が動いた。




2年と大耳と御厨と唄子で浴衣を着て祭りへ来た。あとでアランと赤木も合流するらしい。唄子、2人を見てびびらんとええけどな。


唄子と2人で見立てた浴衣を触る。深い藍色に細く縦縞が入ったシンプルな浴衣は生地が上等なものらしく、唄子お気に入りの一品らしい。着付けの際自分でできると申告したせいで着付けてもらえなかったのは残念だが、唄子と祭りに来れたのでチャラとしよう。


隣の唄子はちらと見る。今日の唄子は白地に青の青海波に鯉が泳ぐ浴衣に、光沢のある黄色の帯を貝の口に締めている。訊けばテーマは粋なそうだ。たしかにいつものかわいらしい様子に比べれば今日はこざっぱりしている気がする。


「あっ、あの子襟にレースついとる……」


ファッションチェックをしにふらふら歩み始める唄子の手を慌ててとる。それでも唄子は気づいとらんみたいでどんどん人混みの中へ入ってゆく。


「知ってましたか。信介さん。浴衣は昼は黒、夜は白を着るとええって。その方が風景に映えるんですよ」


ほら、と目の前のカップルを指差す唄子の目には憧憬の色が浮かんでいた。


「ええなあ……」


「なにがや?」


「手ぇ繋いどるとカップルみたいやないですか」


  唄子は空いた右手を握っては開いて揺らしている。


「いや、俺らも繋いどるし、繋いどらんでもちゃんとカップルや」


繋がれた俺の右手と唄子の左手を持ち上げる。まさかファッションチェックに夢中で繋いだ手も気づいていなかったのだろうか。


衝撃を受けながらも唄子を見る。


「えっ…………。あっ、信介さんいつの間に……。そんな、うち………」


みるみるうちに赤くなる頬と力を失う左手。そういえば手を繋ぐのは初めてだっただろうか。お嬢さんは金魚のような真っ赤な顔して目に水を溜めている。


「みんなとも離れてしもうたし、俺らは俺らで遊ぼか」


再びゆっくりと手を握る。軽く握り返された手を強く握り返し、喧騒へと足を進めた。

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