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​北さんとクリスマス

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年の瀬、師走、12月。1年で最も忙しい時期がやってきた。

先ほど「唄子、これやっといて」と空いた母から渡されたのは年賀状と実家の呉服屋の顧客リスト。どうやら宛名を書けということらしい。社員でもない私に個人情報を任せて大丈夫なの?、とか、印刷でやれば良いのに、とか毎年いろいろ思うが我が家は一貫として手書きだった。その方が気持ちが伝わるとかなんとかで。という訳で現在私は試験勉強の手を止めて筆ペンをもって宛名を書いているわけだが。

(クリスマスかあ……)

BGMにしていたテレビからはクリスマスのイルミネーション特集が。インタビュアーが道行くカップルにいろいろ訪ねている様子が目に入った。

糸山家では毎年のことこの時期は新年の準備に追われているし、なにより今年は例年の踊りの新年発表会の他に大学受験がある。クリスマスのことなんてすっかり忘れていた。

クリスマスといえば恋人の季節。なにをするかはよくわかっていないが、2人でイルミネーションを見たり、ケーキを食べたりして仲を深めるものではないのか。

こんな大事な日を忘れていたなんて。信介さんにどうお詫びすれば良いのだろう。



 

クリスマスなんて別に特別な日やあらへん。もうサンタは来ないし、サンタであっただろう両親も仕事でいない。ばあちゃんと一緒に心ばかりのケーキを食べて過ごすだけだ。

彼女ができて初めてのクリスマス、向こうもなにも意識していないようで付き合っているのに互いの家庭で過ごすことになりそうだ、と告げたら酷く驚いていたのは双子のどちらだっただろうか。俺には春高があるし、唄子には踊りの練習がある。それに俺らは受験生。なにより勉強がある。遊んでなどいられない。クリスマスなんて特別やない。毎日しとることをちゃんとやんねん。反復がなにより大切だ。 

そんなときだった。メッセージアプリがぽこんと音を鳴らしたのは。




 

信介さん、怒っていないだろうか。

クリスマスが恋人の季節だと思い出した私は急いでケーキ屋へ走り、小さなケーキを買ってきた。せめてこれくらいして空気感くらいは出さねば。

メッセージアプリを開き、小さなブッシュドノエルの写真と共にメリークリスマスと送った。




 

ぽこんと音を立てたメッセージアプリを起動させれば唄子から丸太を模したケーキの写真とメリークリスマスの一文が。

やはりクリスマスを共にしなかったことに不満を抱いているのだろうか。

<すまんかった。クリスマスなのに一緒におれんくて>

<気にしてませんよ。うちも忘れとったくらいやし>

大丈夫、とスタンプが送られてくると共に年賀状をしこたま書かされたと愚痴が飛んでくる。

<年賀状俺には送ってくれへんの?>

<送りますよ。書きました>

信介さんもお時間あったら送ってくださいね、とメッセージが返ってくる。

通信機能の発達で最早送ることの少なくなった年賀状だが、やはり送られてくるのは嬉しい。それを見るのが春高終わりになったとしても。

そういえば。唄子は春高の応援に来てくれるのだろうか。あちらも日舞の新春大会で忙しいはずだ。

控え選手とはいえ出る機会があるかもしれない全国大会、彼女に見てほしくないかと言われれば嘘になる。

応援は強制ではないから彼女が無理と言えば仕方がないが、それでも期待は止まない。

<唄子は春高の応援来てくれるんか?>

たったの15文字を打つのに体の芯が熱くなった。




 

春高の応援の参加の如何を問うメッセージ。

こういうなにかを乞うメッセージが信介さんから来るのは珍しい。

バレー部は全国優勝を狙っているというのだから実力は相当と聞いているし、当然士気も高いのだろう。

宮の双子に角名くん、銀島くんに尾白くん……。共に夏祭りに行ったメンバーを思い出す。癖の強い人たちだったけど、その癖が試合でいかに繰り出され、織り成すのか、考えるだけで胸が高鳴る。

<もちろん行くよ。2回戦目からやけど。試合の観戦初めてやからなんか興奮してしまうわ>

でも、いきなり全国大会を見に行くなんて迷惑にならないだろうか。部活さえも不安で信介さんに誘われなければ見に行けなかったのに。

<本当に大丈夫ですか?  うちが見に行っても>

<なにも心配することはない。唄子がそこにいるだけで心強いわ>

そこにいるだけ心強い。面と向かって言われているわけではないのに、しっかりと顔を見つめられているように気がした。

ーーお前は控えめやから。

信介さんが言ってらした言葉。

ーー北くんは誠意を伝えてるのにあんたなにも返さないの?

友達が言ってくれた言葉が思い起こされる。

ふと言われた言葉を思い出す。

消極的と控えめは違う。

あれだけ私に誠意をみせてくれた信介さんに返せるものはなんだ。今、私が信介さんにしたいことはなんだ。

わずかに震える指で通話ボタンをタップする。

<もしもし?>

心地よいテノールが体に染み渡る。

<あのね、信介さん、うち、>

ーーあなたを応援したいです。頑張ってください。

さあ勇気を出せ唄子。信介さんと肩を並べるための第一歩だ。

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